おひさまの日★花の星のBLOG

スピなブログです、絵、漫画、ゲームなども公開していきます

★絵本

かたち

禍福

見えない世界の小さなもの

珈琲

☆彡☆彡☆彡 ☆彡☆彡☆彡わたしたちもまた おおいなる神様から 何段階か、神様を経由して 分け御霊になり 肉体をもって 生まれてきているですから、「座禅・集中して心を味わう」とか 「ヨガのような心身をともなう運動」とか 「うたう、おどる、えをかく、詩を…

「絵本」つばさ

こころの力

イエス様と釈尊さまは 御兄弟なのだそうです天神も 御兄弟なのだそうです喧嘩することもあるし 仲良く話すこともあるのだそうです:霊魂になりますと さいごには心だけがのこります こころというのは 命の真の「核」とでもいうような エネルギーです肉体は「…

絵にしても 詩にしても 歌にしても 踊りにしてもなにかを 「表現する」とは 祈りに近く神様への供物として されていました忘れ去られた今でも そうした「流」は 命にあって「なにかをあらわす」とは 世界の「命の流」に ひとつの「息吹」を 流すことになりま…

神と花

祟りと重さ

そらのこと

ことばにならない

森――しんこうについて

想いと嘘

こころ

ひとのこころを 大切にするなら あのひとたちの きこえない こころも 大切にできるひとの心を おもいやり うけとってきたならあのひとたちの きこえないこころも きっと ふと 気がつける

神話・奇跡の子

見えない心と現実

具体的って とてもやさしいんですよ どんなに 頭が ぐちゃぐちゃなときもまともなことしたら まともな結果がかえる:: しんどいじゃないですか……::どんなに 気持ちがぐちゃぐちゃなときも歩んでいけば いつか 結果がかえり時は経つやったぶんだけ 己のちから…

けんおは きらいしか あたえられない

おまもり

ひとを だまし続ける 魔を前に 一人の神が 云いました「善人は騙してはならない 善人は貶めてはならない 善人は厄災にまみれさせてはならない」 声は神呪となって くるくる流れる:「お言葉ですが なぜそうせねばならないのですか」 ひとりのものが 問いかけ…

闇の中で呼吸を取り戻すには

闇の中で呼吸する 闇にとりまかれることは 多々あります己からうまれることも 生きている限り あらわれるでしょう生きていること、こそは ゆらぎですから:ところで揺らぎから宇宙は生じました:闇に取り囲まれたとき 身からあらわれた 闇に埋没したときの …

仏陀とブラックシャーマニズム

仏陀のまわりには 争うものが あられなくなり いさかいが しずまるといいます:彼の目は すべてを 見透かしていたから……: ブラックシャーマニズムも 同じですが 仏陀は それも 仏陀だと わかるまで年月がかかったといいます: あれはわたしだ :敵意は消え…

己の目

自分の幸せは 自分の目でしか 見つけられないと 言います:ひと 見出した たどり着いた 道似ているようで 違うの……あなたと ひとが 違うように……:幸せへの道のりを 見つめて初めて 歩き出せるという歩く足は おのれの足 這い上がる手は おのれの手かんじる…

斉天大聖

地猿(ちえん)ふうじこめられたは 知のちから 地のちから:ブラッディシャーマン ブラックシャーマン敵をほうむる力に 満ち溢れていたねブラッディシャーマン――……あれは われを そごうとした あれのねがい人を護敵をなくすこと敵をなくすことおなじことだっ…

ナーガ

蛇王ナーガがあの仏陀に帰依したのは仏陀の説法が ひびいたからじゃない:蛇の毒を喰い 蛇を喰い 蛇の王だった 黄金の蛇の王に 蛇たちは よろこんで 身を捧げていた:蛇王ナーガが あの仏陀に 帰依したのは 蛇王ナーガの誘惑に 仏陀がのらなかったから、じゃ、…

ほうむるもの

けっきょく にんげんの かんがえなんて 人間の 考えにすぎなくてそこしれない 愛の前には たどりつけないのかもしれないはじめて彼らを見たとき 驚いた 滅し滅しと 悪魔をほうむっていく 悪魔の悲鳴に染まった剣は 金色の光に満ちている 如来如来に見えない …

従わせたのでは、なくて

::かれらがかれにしたがったのは つきそったのは:その すがたが あまりに うつくしかったからその こころのおとが あまりに 胸をうったから:かれらは彼の姿を 師と仰ぎ それにならったいま なおかれを敬愛する者たちは かれの姿に ならうという

向こうの人の顔

こころ

階段