花の星の創作BLOG

花の星の更新作品のお知らせブログです、絵、漫画、写真、フリーゲームなども公開していきます

クオリティ、スピリチュアル提供者や霊能者の特別性について



たとえば
漫画家としてなるには
自称では成り立ちません
商業誌に載るクオリティを
判断者……編集者方々に、認められ
ようやく、雑誌に掲載され
そこから売れるようになり
ひとから愛され、
もとめられるようになる方々は
ほんの一握りです……

霊能力や
スピリチュアルで提供できるものを
漫画に

そのちからで
そうした界隈に
かかわることを許したり
求めたりする神神を
その漫画家を、雑誌にのせることを
許可したり、求めたりする編集者に
みたてると

「特別と(思い込んでいるもの)は
なんであるか」が
わかるかと思います

……

スピリチュアルや
霊能力の学校にいくことは
この例えでいえば
そういう
漫画の描き方学校みたいな
サブカル学校に通う感じですね

その学校がだされている
雑誌に掲載されて
プロとしてデビューしたことにし
大海にでた方々もいたりますね

(そうした学校は
えてして
そんなことしていたりしますね)

……

まず、天界の許可がおりるんです
わたしからみると
それは「免許」になっています

免許をとったひとって
えらいとか、特別でしょうか
とってないひとと
とるひとがいるだけですね

そこから、売れっ子になる
(神々が仕事をもとめられる)のは
免許ではなくて
車の運転の腕が買われて、
レースにでたりするようなものでしょうかね

……

選ばれる、とか
特別だとか
その概念が
見えない界隈への概念だけ
歪んでいる
歪まされているんです



漫画が、編集者に選ばれるとき
たしかに、特別面白いから、
選ばれます

特別視されているから、では
ないです

編集者に選ばれて
漫画デビューしたかたを
特別な存在なんだね、とか
思いますか?
才能と、尽力を、
特別なんだね、とか
思いますか?
だからって、じゃあ
特別じゃないってことにして
普通のことだ、
普通の能力だとか
そんな思い方、しますか?

……

かれらは
マチュアではありません
尽力され
磨かれてきたために
免許をあたえられ
また、場をあたえられ
仕事をもとめられている方々です

バカにすることはできません

でも、かれらを特別な存在、
選ばれた存在、と
とるのは
なにか、人間ならば
違和感を持つかと思います

でも、自分とおなじだ、
ふつうだ、と
とるのも、無理があるかと思います

漫画家や
レーサーを特別な存在
選ばれた存在、と
とるようなことです

だからといって
同レベルと見るのは

売れっ子の漫画家
凄腕のレーサーにたいし
一般人でしょ、私と同じでしょ、と
思い込もうとするようなことでしょうね

(才能をもち
努力されてきた方々です
選ばれた(認められて来た)方々です

人間を、特別視するのは
人間は、違和感をもつものです

しかし、その尽力を
一般視することも
難しい気がします)

……

見えない現実は
みえないから
現実より、想像されてしまう

でも、現実とおなじで

「その仕事をする」とは

漫画家としてデビューする
(編集者に選ばれる(認められる))と
同じことに過ぎません

また「その仕事をあたえられている」とは

「雑誌に漫画をかいて
掲載を願われている」
漫画家さんだということです

……

漫画家という、立場を
自慢にする漫画家は
どうしても、潰えていくようです
漫画家が、つくるもの、は
立場ではなくて
漫画だからでしょうね

霊能やスピリチュアルごともおなじです

……

追記

提供されることも
わたしからみると、商業誌の
プロの漫画家の
漫画と似ているなぁ、と思います

漫画って、人生にさえ
影響をもたらす
心が震えることもあります
でも

「我が人生を導くもの」として
自分の人生のこたえをすべてもとめる、って
ないじゃ、ないですか

漫画は、
人生のこたえにはならないです

読者にむきあうことは
必要です、が
読者の人生の答えのために
描かれるものではないです

そんな感じです