花の星の創作BLOG

花の星の更新作品のお知らせブログです、絵、漫画、写真、フリーゲームなども公開していきます

貴方を生きることと、「スピの師匠」などこの世にいないこと



▲スピリチュアル絵本「あなたを好きな人、あなたのいきる」




人の傍には

かならずその人を愛しているものがいて

ずっと、見守られています



たまに「人に好かれるには」で

まようこと

「好かれるために」行うことは

すべて、そうした「迷い」なのですが……



意味がないです



「貴方を好きな人」は

貴方を好きなので

「貴方が、

自分をもって生きるとき」あらわれます

かならず



人の尻馬にのるほうが楽だし

あるいは

「これでいいのか」と

まわりに「これでいいのか」と

たしかめるように

確かめたいからこそ

人に対し、尻馬を差し出すこと

人生の、師匠ごっこ

することもある



でも意味がない



所詮「他人の生き方」は

貴方の生き方にはなりません



からだは使うためにもって授かりました



自分で、自分を使って

生きてみるしかない



あなたが生きはじめた時

「貴方を好きな人」が

ふと、あらわれるでしょう







「スピリチュアル」のなかには

「スピの師匠」を

そういわなくても

ずっと、くりかえし

している方もいるけれど

そこにあるのは

「怯み」です



「スピ」を

ほんとうに味わう時

自立するしかないので

「誰かの師匠にはなれないし

スピや、こうしたことに

師というものはいない」ことに

気が付きます



たとえ

キリストであれ

釈迦であれ



……釈迦は

「あれは私の友達だ」と

いわれていました



キリストも近いことを伝えられます



その言葉がどれほどの意味をもっているのか

「師匠と生徒」の場所から



「一人で歩け」を受け入れた時

わかるかもしれません







キリストが言っていましたよ



「道は教えられないんですよ」って



道は人生です

自分が、自分で

歩いているうちに

わかる



それは、神様でも

如来でも

高次の存在でも

えらいひとでも

えらいことをした人でも

「あなたの道などわからない」



あなたが、生きるんですから







教えられることなど何もありません

誰かを変えることも、「そのひとではない他人」にはできません



強いる人は「怯み」をもっているだけにすぎない



もしも、ひとに

「スピを伝えたい」のなら

あなたの魂の生きざまを

そこにおいて

見せられるだけでしょう