おひさまの日★花の星のBLOG

スピなブログです、絵、漫画、ゲームなども公開していきます

きえないもの

もともと
神聖なる場は
人のためではなく
地球のために息づいてるので

いまのいう
パワースポットというのは
とても誤解のある言葉だ

地球のため、その地のための
エネルギーの清流が
ながれている場所

聖域はそうしたもの

聖域は
ひいては
自身の命や
すみかにつながるので

感覚(センス)がよいひとは
そっとしておき
たちはいらないことを
行ってきていた

聖域は
自分の命とつながる

神々聖霊
そうしたようなことがいえる

たとえば弁財天なら財の
帝釈天なら仕事の

神社の神々も
それぞれ、自身の
なにがしかの
[域]になる

かれらに深い礼拝をおこなうと
反映される
自身の[域]に
そのエネルギーが
流れ、ふかまり
ながれてまわる

活性化する

これが本来の
運気あげ……

次元……
その人の本性が
存在している[界]により
現実がずれはじめる

前からそんなことを
みてきているが
これからさき
どんどん、そうなっていく

ほんとうのそういうことや
ところは
息吹をもつ

たとえ
モノがついえても
その聖なる魂、生命が
息吹が
きえることはない

存在している界により
この世がファンタジーのように
わかれていくとき

かれらは、
きちんと、同じ界にすむ人のもとに
もう一度、あらわれる

モノがなんであるのか
現実がなんであるのか
そのときようやく
人は思い出す

現実に、モノが
どう存在しているか、ではない