花の星の創作BLOG

花の星の更新作品のお知らせブログです、絵、漫画、写真、フリーゲームなども公開していきます

エゴと現実



私には、いつも
エゴの反対は、現実に思えます

現実の反対が、
エゴ(思い込みや
勝手な思い)

エゴは、現実をたしかめてない
目に入れてないとき
頭だけでモノを把握しているとき
あらわれるように、思えます



なにかの見方をかえようとしたら
「そう見える人」を
たくさん
そのジャンルに配置するのが
効果的だといわれます

ですから
「神様に選ばれて
自分は、特別なのよ」って言いながら
人に辟易されたり
嫌がられるような行為を重ねる人は

そういうひとが
そういうふうに
見られるため

「こういうことをするひとは
こういう人がおおいんだ」と
多くの人に
おもわせ

その認識を
ひろめるの役割で
配置されているそうです

……

それらの思いは
とても、弱い
だからこそ
それらは、
人におもいをもたせるし
もたせようとする

……

特別意識をもっていたって
どうだっていいんですよ
きちっと
クオリティの高い仕事が出来りゃ
問題ないんです

普通の仕事と同じです

神様に選ばれて
仕事を任されることは
誇りとなることです

誇りだったり
得意げだったり

人間のものは
可愛らしいことです

……

それらは、
呪詛(見識の変更)をもって
霊ごとにたずさわる方の
誇りや
仕事意識を
「特別意識」だと
おとしめてきたようです

……

誇りは、エゴではないです

……

調子にのったって
やることやってりゃ
痛い目あったりなんなりで
そういうことは
後回しになっていきます

そんなこと
なにひとつ、問題じゃないから

……

特別視

言葉では
してない、とか
人がしてる、とかに、なるかな

そうしたものが
どんなエネルギーに
あてられて
どういうふうに
ものをみるようになるのか

「普通のこと」だって
本当に心が思っていたなら
特別意識に目くじらたてることには
ならんです

そこには現実があります

人間は常に自然です