花の星の創作BLOG

花の星の更新作品のお知らせブログです、絵、漫画、写真、フリーゲームなども公開していきます

現実がコミュニケーション



隠り世で
さまざまなことが
うごいていて

ともない、そろそろ
様々なところで
活動の位置が変わることが
あるかもしれません

活動の場所がかわること、は
たんに
そのひとにとって
その場所が合わなくなった、
というだけで
そのひとの神秘性や
個性、能力への
否認の顕れではありません

慈愛のあることです

……

神々の沈黙は
終えられたようです

しかし
会話は言葉ではなく
授与のように
具現するだけ

現実が
神様とわたしたちの
会話なのです

……

神社やお寺の神様は
おおいなるものの
かけらの顕れです

おおいなるものは
人間の領域をこえていらっしゃるから
触れていながら
把握することはできません

それでも

人間を慈しまれ
みまもられています

ですから、
そのひとが
「神だと思うこと、みなしたこと」に
そのひとのために
降り顕れる

おおいなるものの
慈悲の顕れが
神様とよばれます

……

なにがしかを
ふと、認識する方が
あらわれるかもしれません

怯えなくても良くて
すべて、根源をたどれば
慈悲の顕にすぎません

……

「悪いことをしていた」のなら
思い心なおし、ととのえ
償えば、いずれ
精算もおわります

「理由がわからない」なら
たずねれば
教えてもらえます

……

内から
わきあがりながら
外の顕れにふれる

……

それぞれの神々には
それぞれ
大切にしていることや
ひとがいます

どんなことでも
ものでも、まして知識であっても
正しさであっても
相手を、他の命と見受けて
自分がされたら嫌なことは
自分も、なるべく、避けたほうが
良いのかもしれませんね